昔の詩集から B


1.詩集 『無限青(むげんじょう)の孤立系』(1980年5月)


  目次

@無言歌
A青
B青の対比
C不在の青
D青い実験室
E青の発生
F青い時間 T
G青い時間 U
H青いことば
I青の詩人
J青い孤立系
K青い喩
L青の臨界点
M青の論理
N青い夜
O青の死滅
P無限青の孤立系
 あとがき

2.自作に対する現在の読者のひとりとして (2012年6月22日)








@無言歌


このクニの卑小な風景よ
とおまえが口にすると
アジアの果てからの旅行者であるか おまえは
幻の鳥の跡を辿ろうとする者ではない
果てしない忍辱の風景に繋ぎ留められた
古代の旅人である
しかも 折れた翼の出立
無事を祈る呪術も 別れの哀歓もいらない
なにものかに魅かれる不安の一滴
広がる波面深く 寂しい旅に出る

ほんとうにこじんまりした世界を願ったために
圧倒してくるのか
雪崩のように寄せる世界
底なしの沼のようなこのクニの秘められた時間の影を
揺れる不安に加速されて
無類の無言歌を口ずさみながら ひとり
降りていく 影
時間の抽象の極みで
不可知の空虚な死者に終わるか
ほんとうにちいさな世界に通じるか
わからない

世界の夕暮れの果て
暗い 暗い おまえのこころを降りていく
おまえの直立する身体を流れ
純粋に抽出されてくる
未知の夕陽のような感覚
魂のバランス・シートを
寂しい音階に記録せよ





A青


成熟の極みから
歪んだ年輪のような時間の呼吸がとぎれて
落ちていく一葉の枯葉のように
瞬時に ひび割れた舗道のなかへ
青い流れの深淵よ
外界と絶たれた時間の網目から収束して行った
ブラック・ホールのような異次元の世界


とつぶやくと
冬枯れの街路樹の寂しい影から消出して
遠い青い世界に転位していた

とはわたしの固有の時間の別名であり
その形態の象徴であったのか
冬の街路樹のあいだから
この都市の冬の重層へ その涯へ
しだいに遠くなる
わたしの眼や寂しさ


とつぶやくと
わたしの生涯の時間が
瞬時に凝縮する
無限な青い中枢に向かって
わたしの方位は
季節の物象から遠くなって行った





B青の対比

少年たちに訪れる
避けられないひとつの季節
世界の萌芽を織りはじめてしまった
とき現れる
固有の色彩たち
訣れる 少年たちに
アモルフな時間はきらめいて
ひとつの発光するベクトルが
訣れる
ひとつひとつの固有の色彩へ
ここから全てがはじまる

青!
無数の谺がことばのなかへ倒れ込み
青い溶媒からコロイド状の青へ
深まり 決定されていく
避けられないかたち
青!
訣れはどこにでも用意されていて
青い色彩をかきまわすと
わたしはここにはいない
遠くなる
無数の色彩たち
すべては決定される
ひとつのベクトルのつまづきの方位によって

方位は未知
青白い街路樹の臨界点を過ぎ
無限の青い空洞を降りていった
青の累乗とともに深まる青い沈黙
無限青のほうへ透き通っていく孤立の形態
遠い世界へ名残り惜しげに
視えない信号を放ちながら
流れ星のように無限に遠ざかっていった

無限青は世界の果て
訪れるのは微かな過去の少年たちの記憶
息苦しい抽象の純度の影を
流れ去っていく 固有の青!
少年たちの訣れから遠く
訣別は覚醒の寂しいベクトルとなって
孤立系の星座のようにきらめきはじめる





C不在の青


寂しい風景の片隅から
遠く 歩いてきてしまった
深まりゆく
冷やかな純度の夜
深い冬の底のほうから
青い氷雨が降り積もる
積もり積もってどこまで行くのか
わたしは

明るい陽ざしが
にんげんたちの哄笑のように
わたしの閉じた皮膚を暴き
視えない座標系に
消えていったわたしの孤立
暗い葬列のように
不在のわたしは今日も歩いている
青い時間の街路樹のなかを
寂しいカントールの背をして
にんげんの匂いを引きづった無限のために
狂気に到るかもしれない
遠い眼

遠く 稀薄になった世界は
無数の惨劇の純度へ変換されて
この無限の青い世界に
狂い咲く
ついに何ものにも交換されない沈黙
に収束してしまうかもしれない予感
遠い不在のわたしは
全ゆる否定の涯に
どのような時間の構成に到るか

癒されることのないかもしれない
東方の貧しいにんげんたちの弱々しい微笑
決定的な対位法のなかに
ついに倒れ臥すかもしれない わたしは
けれど 余りにも遠く透きとおった時間よ
非望の哀しい中空に
わたしは決して安らかに眠ることはないだろう

遠い 遠いわたしの眼
青い時間が押し寄せる
痛ましい純度の
雪崩のように
遠い 遠い





D青い実験室


少年の頃
実験準備室に置かれた
がらくたのような器具や
埃をかぶった試験管や
禁忌のように閉じられた空間は
寂かな埃っぽい特異な匂いを漂わせ
外光が深く落ちていた
そうして 使われないかもしれない
実験器具たちのこじんまりした表情

届かない世界のほうへ
秘かな冒険のように
わたしの寂しい触手が
震えていた
そこにわたしの知らない世界が眠っていた
夢の壊れたあとの
漂う異次元の世界の青い匂い
とりまく喧噪から遠く
ひっそりと閉じられて

青い実験室の気層へ
寂しい触手が延びていくと
世界の色が急変した
青がわたしの皮膚の下を流れ出したとき
わたしは知った
戻れない過去のように
現在があることを

不在から遠く
眠りから醒めた実験室のなか
わたしは青白い孤独な実験者だ
青白く光るレトルトに抽出されて
わたしも純化された形態となって
時間に風化された ありふれたたたずまいの
或る書物や記されなかったことばの行間を
下へ下へと降りて行く
無限な方位
解体へ解体へと進行する青い行程
現れてくる
にんげんのはじまりから終わりに到る
青い時間の現在

遠ざかってしまった世界の果て
不在の累乗の青い球面に
描かれるのは ありふれた日常の抽象か
にんげんの紡ぎ出した世界の関係か
わたしの青い触媒の純度によって
それらの時間の重層を写像するだろう
青い実験室の窓から視える外光は遠い
遠い現在の影のように





E青の発生


頂で
柔らかな夢が壊れた
ひび割れた
ことばの道を
翻って 流れていく青い滴
つきまとう影 影
明けはじめる朝の道には
不安の花が咲きはじめ
揺れる朝もやのなかから
ひとり 異貌の少年が現れる

巫女の末裔ではない
けれど 青い流れが微かに走ったとき
わたしの内部は決定された
胚胎する微かな青
拡がる 異次元の街路樹のあいだに
揺れる視線 揺れる風景
わたしの視たものは

ひとつの世界のはじまりであった

通り慣れた古ぼけた家並みや
やさしいにんげんたちを抜けると
未知の不安に揺れる
揺れる生存の感覚から
深まりゆく不在のわたし
世界の境界には
無数のWhyが積み重なって行く
ひとつの暗い重層へ

朝日のようにまぶしいことばを
捲って行っても
不在の場所に追われるばかり
内閉の度を深めてゆく
世界の境界では
深みに嵌った眼が
未知のことばに向って落ちていくと
微かな青い彩りにきらめきはじめる
寂かな青い沈黙





F青い時間 T


遠い未知の
美しい(ひと)の青い曲線
が欲しかったのではない
ひとつの貧しいことばと行為
の深い由来をたずねたかっただけ
一滴のありふれた自然に寂かに還りたいばかりに
未知の迷路に迷い込んでしまった

青い時間の窓からのぞくと
遠くまで霞んで視える現在
ちいさな時間の日溜りに収束する
影の沈黙の歴史が現われる
その深い哀しみの向こうに
どのような隠された世界があるか

青い時間の外光が影のように
まといついて来ると
わたしはビルディングの内部で青白く光る
冷たい骨格のように
佇ち続けている
歴史に刻印されたちいさなひとつひとつの不幸
よりも暗いこころよ
青い時間が流れる 基層のほうへ
さらに降りていかねばならなかった





G青い時間 U


遠くから 磁気嵐のように降り注ぐ
無数の由来に裏打ちされた惨劇や憩いの断片
は異次元の時空方程式に変換されて
微かに 固有な表情の名残を放ちながら
青い時間に浸透していく

世界の機構の階段のように
にんげんには表情の階段がある
ひとりの(ひと)への表情とオフィスでの表情が違うように
もし わたしの表情が深さの果てに入ったら
青い時間がわたしの顔を流れるだろう
だから ここでは古典的な時空観念は消失する
瞬時に 時空方程式とともに流れるとき
抽象の稀薄な呼吸に耐えながら
青白く放電する不連続な寂しい境界をいくつもすり抜けて
遠い青い宇宙に現われる
わたしは純粋な形態となって
にんげんの普遍な貌に出会うだろう
幼年期の青いイメージと違って
ここには深度と構成があって
由来は 遠く 深く
対応している
にんげんと世界の表情と行為の影のような連続性に

青い時間
つぶやきは覚醒に似て
この異次元の深い条件のように放電する
青白い時間の火花
抽象の稀薄な次元には
純粋溶媒のなかの物象が
数億年の光のように影を構成しており
純化されたわたしの形態は出会うのである
物象の青白い影を通り過ぎながら
未明の世界やにんげんたちの不可視の波長の形態と

わたしは何者であるか
抽象の青白い影を踏み歩くと
凍える中枢よ
深いわたしの視線に収束してくる或るかたち
涯てしない空虚の無限に戦きながら
問いは青い時間の深みに伝播していく
つぶやきは寂しい覚醒にはじまり
覚醒は無限の戦きである

青い時間の宇宙に
火花を散らす にんげんのことばの発生の影で
にんげんと世界の果てしない深みに触れ
わたしは中枢の青い沈黙を噛んでいる





H青いことば


と或る季節の街路樹のあいだに
崩壊と変容は 秘かに
揺動する

わたしは視る
時間の溶媒に崩壊する
古びた煉瓦の建築物のように
しかも瞬時に 消失していくのを
消える 街路樹の葉揺れ
歪んだ時間の建築群や生活の匂い
消える ことば
消える わたし
瞬時の青いローレンツ変換によって
不在のわたしはどのような変容をとげるか

夥しい化石の暗い隧道をひとつの発光が降りていく
暗い時間の明滅するところ
広がる 茫漠とした深淵
広がる 青い座標系
わたしは視る
ことばの尖端へ青白く発光する沈黙のなかで
純化されたわたしの形態は 明滅しながら
無限の空虚に抗い
自らの孤立の形態を着地させるのを
凍えるような青い座標系の網目に

外界と全て遮断された独房に
生涯の生存を立たせなければならない囚人のように
青白く発光するわたしの沈黙
薄暗い独房の壁に
奇怪な図形やことばを刻みつけるのはなぜか
かれの生涯が孤立に終わると決定されているとき
血の滲む青白い触手になにが込められているか
同じように わたしの発光する触手
運動する無限へ
にんげんと世界の涯の問いへ
ひとつの青いことばを構成しはじめる

青いことば!
内部へ無限に震える唇のように
蠢く触手が掴んだ
青い座標系の宇宙の
純化されたわたしの形態の意味を計測するように
青いことば!
人類史への過渡期の苦しいことばの滴を
貫いて
孤立の座標からどのように打ち上げるか
さびしい放電のような
青いことば!
遠い 不在の季節の街角を
死角に沿って消えていった
寂しい韻のあとに





I青の詩人


避けられない失愛のように
寂しい季節の片隅から
時空変容の空洞に落ちたら
わたしは青い発光体となって
遠い世界の
秘かな微風のような挨拶や微笑は消え
運動しはじめる
未明の宇宙
青い結晶体の網目を
冷たい孤立の発光体がひとつの未知の収束へ
ちいさな流れとなって
潜行して行く

深みの感覚がすべてだ
しかも遠い世界の彼岸に描かれた青ではないから
わたしは寂しい青の形態だ
それに 遠い世界の理科年表にも
わたしの青白い発光の軌跡が記されることもない
遠い世界の不在の旋律に伴奏されて
無限青のなか
寂しい覚醒の行手

微風の純度に凍える
青い詩人の中枢を走る冷たい火花よ
純度の高まりにつれ
深まる未明の青いことば
どこへ?
わたしの不在のことばの果て

青い詩人よ!
おまえの青いことばによって
おまえの純化された不在を
どのように証明するか
青いことばの球面を流れるとき
伝わってくる寂しい青の感覚
不在の無限級数にのって
もはやなにものにも還元されない
わたしの青い中枢
無限青の時間のなか
ヒルベルトの公理系を弓の弦のように引き絞り
青いベクトルを不可視の青い論理へ
収束させていく
寂しいらせんの果てしない運動
しかも その前に
青い中枢のほうへ降りて行かねばならなかった
わたしの孤立系の意味と形態に出会うために





J青い孤立系


わたしの親しい影


しない
孤立
のみちを
ひとり
寂しい孤風と
青い時間へ
流れて
行った

遠い
ちいさな記憶たち
から余りに遠く
寂しい影は
孤立した
青い行間を
閉じて行って
対応する
何もない
涯の
感覚

透き通った
青い殻を
何枚
剥いでいっても
影の人類史から抽出されたような
無類の寂しい青が
滲み出る
ばかりである

柔らかい陽ざしの彼方の
透明な
冷たい影の
深みに
吸い込まれていく
遠い
谺のような

疾走する無限級数の
純粋な未知の
青い火花を放ちながら
どこへ
行く?
閉じられた
寂しい時間の
軌跡には
遠い世界での
不在
の青いわだちが
刻まれていた





K青い喩


透き通った青い時間に
化石の貝の眠りの記憶のように
蠢いている
これが全てである
けれど 半透膜を隔てた
遠いにんげんの時間の劇の匂いが収束してくると
青白い影は蠢き出す
青い喩を求めて
延びる 寂しい触手


解体の果てには
どのような変容が待っているか

あお
ao
目まいの感覚の涯
わたしは出会うだろう
化石のように深い
にんげんのはじまりのことば
その無惨なにんげんたちの影に
延びる
わたしの触手は
青い喩となって
寂しい覚醒を奏るだろう
遠い 遠おい にんげんたちの季節の匂い

避けられない朝 ひとり
わたしは墜ちていったのだから
やわらかな朝の曲面を
にんげんの視えない不幸の極限へ
青いにんげんたちの影の涯よ
魂の地質学の果てには何が記され
方位はどこにとまるか


あお
ao
a o
a
o
崩れ落ちていくことばの涯を
青い塊となった沈黙が
深いエコーのように
らせんの階段を降りて行った
そのとき 青い喩は
わたしの寂寥の形態が発する
寂しい覚醒の火花であるか
しかも 覚醒は無限に収束するかもしれない
未知であった





L青の臨界点


疲労の影
無数の死語が流れて行く
季節は死
死の季節に
裏返された 世界の膨張によって
暗い腸管がめくれ込んでいくと
死んだ季節のうえに咲く建築群のあいだから
人類の時間のように老いた暗い男が現れる

おまえは視た
ヨハネ黙示録よりも暗い
荒廃したにんげんたちの風景を
求めて得られない死の影の下
疲労の深いところから
時間は暗く滾り上がり
風は深く凍えさせる
暗い波のように
全ての物象が崩れて行く

おまえはアルファでありオメガの人だ
荒涼とした重い時間の涯から
いっそう遠く
視えない影の火花とともに
降りていった
青い世界

遠い
無数の憎悪や愛を
青白い歯の芯で噛むと
純化された世界の
青いわたしの沈黙を揺する
青白い哀しみの底の方から
震えるわたしの孤立系

青白い火花の臨界点で
白いページに墜ちていったイワン・カラマーゾフの問いは
微塵に砕けて横たわる死者の 暗い眼の奥だ
けれど 裏返された青い世界の ムイシュキンであるおまえには
横たわる座標がない
遠く
震える沈黙のことばを
歩み過ぎて来たのだから

青の臨界点とともに
記録せよ
おまえの視た
全ての終わりから始まりについて
の深い世界の構造式へ

だれもいない 影の
寂しい青のはじまりに
青白く燃える
果てしない探針となって
遠い世界の惨劇の由緒書を暴くだろう
無数の死者たちの暗いまなざしを通り抜けて
いまだかつて未踏の時空で
東方の寂しいムイシュキンの眼は
どのような像を写像するか

このクニの決定的な忍従と稀釈された反抗
の収束して行く 風の時間
全ゆる共同の掟とにんげんたちの屈折点から
卑小な祝祭の裏側へ消えて行く疲労の
決定的な敗北の構造のさらに向こうへ
降りて行く 無類の冷たい青となって
降りて行く
滞留することのない孤風の細い路を
わたしの不在の生存の意味にとって
最後で最初の時間のほうへ





M青の論理


季節を巡り終えた風とともに
青い夢の隧道を越えて
ここまで来てしまった
なだらかな青い稜線の
さらに向こうは
寂しく霞んで視える

慣れ親しんだちいさな家並
を越え
暗い顔に疲労を沈めた頬
を越え
消えていく記憶の声々 遠く
無類の弧風に追われて
内閉していった
寂しい個体よ
そのとき ことばは 夢は
或る境界を越え 転位し
全ゆる対応を喪してしまっていた

古代のちいさな岸辺は
青い気層の時間に連なり
冷たい霙が降りしきる
乾いたわたしの空洞が
凍えそうに震える
もしも
時間の純粋溶媒のなかに閉じてしまったら
無限に どこへ行くのか

もうなにも聴こえない
倹しいささめきの匂いは
微塵に砕け
無限青の青白い火花が
燃えているばかりである
けれど 深いところで戦慄する なにか

覚醒が寂かに湧き上がる
にんげんの最後の苦悩の形態のように
寂しい着地は
ひとつの論理へ谺する
透き通るように青白く
無数の痛ましい記憶の断片を燃やして

おまえはどこへ行くのか
青白い死者のような……
にんげんの時間の劇の涯
青白い暗渠に視たものは
遠い世界に 記録することばがない
凍えるように閉じた沈黙の
青い論理であるから

にんげんの劇の終わりには
寂しい青の劇のはじまりがある
吸い込まれる劇の合い間の凪のように
にんげんたちの無数の孤独な声音が
寂かに打ち寄せた
かれら無数の離群に
わたしは青い孤風を送る
かれらはまた帰って行く
無数の関門のような劇のはじまりへ
けれど おまえの青寂しいこころに
帰って行くところはない

不可逆過程の終わりには
青白い沈黙がうずくまる
もしもそれにことばを与えるなら
青い不在の論理
にんげんでも獣でも小石でもない
遠い世界の時間との対応を喪した
寂しい青の火花だ





N青い夜


賑やかな夜を追われ
凍える針の尖端を通って
舞台を降りて行った
不在のおまえに咲く
暗い思想や生存は
どこへ
行ったか
時の頂に重層する夜の中へ
暗い孤風に吹かれて

いくつもの惨劇を通り過ぎ
ひとりのちいさな顔の皺の均衡に 遠く
駆けて行った
痛む 裸の衣装を震わせ
夜の深い時間の成熟を待ち
転位して視えなくなった
青い魂よ
青い夜にも寂かな着地は用意されていなかった

青寂しい時間に彩られる
無類の個体よ
おまえの
にんげんの暗い全史の涯に立つ
余りに暗い死者に終わるかもしれない
不安
閉ざされた沈黙の殻の中枢から
開かれた視えない信号をあげる
暗い 暗い思想が自らのうちに戦慄する
のはこんな青い夜の底である

青い夜の底に眠る
化石の時間
たずねる者のない土地のように
にんげんたちの影の歴史が聳えている
抜け道のない哀しみや歓びの
表面をなだらかに流れていって
ひとつのちいさな雑草のような挨拶を交わす
にんげんたちの遠い土の匂いの現在
かれらの織り成した正と負の影の稜線
青い不在の魂よ おまえは
どこでかれらに出会い 対位するか





O青の死滅


全ゆる影の儀式を拒んだ
青白い火花のわたしが明滅する
青い時間とのディアローグ深く
にんげんの疎外してきた影の歴史
が現れる
涯は
霞んで見えない未知

もしも 個に舞い落ちる格言や宗教のようにではなく
人類史を背にしたちいさな時間の階級が
にんげんの暗い時間の成熟の頂から 徐に
暗度を弁証していったら
わたしはなにものでもない ひとりの無名の者
ちいさな煩悩たちの巷を
透き通った微風のように
歩むだろう

青い世界の苦は魂の純度からやってくる
時間の階段に刻まれた苦の歴史
世界の差し出す関係のしがらみに
溺れたにんげんたちの沈黙
それが無化されない限り
青い世界の影は死滅しない
青白い時間の断層が
越えられない果てのように
深く慄えるとき
青の死滅のイメージ
が夢想のようにやって来る





P無限青の孤立系


フィナーレの終わりの寂しい消えいく韻
あとからぎこちなく
悔恨がプレリュードをおさらいする寂しい街角
音符と音符の暗い谷間が越えられない
巨きな影の深淵を形成し
いつか不在の風景に佇ちはじめてしまった
世界とにんげんたちへの非和解的な影の確執
行けども 行けども
埋まることのない断層 昨日と今日の表情
こわばりゆく顔に類のない影が溜まりゆき
遠くまで囲繞されてしまったような生存の不安は
確実にわたしの影の深度と構造を深めて行った
けれど 少年期の優しい出会いの断片
にんげんたちのこじんまりした表情の一瞬
の記憶のために
狂気や死の中空に墜ちてしまうことのなかった
関係の特異点から
はじまる避けられない朝
たったひとつの境界値が欲しいばかりに
夜の果てから
コンパクトな高層ビルの上のほうへ
冷たい手すりの時間を ひとり
降りていった
明日のない現在に不安の韻を残して
降りていかねばならなかった

あなたやあなたたち
とのちいさな同調を求めた 関係の磁場から
拒まれた失愛
風の囁き
縊れることの不可能な死者の
関係の死角から
わたしの影が墜ちて
寂しく積み重なっていく
どこか
遠いところを吹いている風
のような無類の感覚
名付けようもない
影の世界は深まり
或る臨界点を過ぎて
異次元の時空に降りて行った
影のわたし
親しい影から移相していく
息苦しい抽象の純度へ
もはやどこにも帰る世界はない
影が空洞深く降りて行くばかりであった

ほんとうに不在になった影のあとで
なお習慣のように生きていかねばならなかった
寂しい肉体 わけもなく傷む関係
無数の風や巷を通り過ぎ
にんげんたちの手慣れた生活の声音の裏側を抜け
わたしの寂しい性もかれらのように生きてきた
風景の後景に流れる
生活者の一日と一日を架橋していく 無意識の
ちいさな沈黙と時間の韻たちとの出会い
わたしの不在となった影に溜まった或るもの
世界の差し出す急激な膨張の関係に揺れる
忍従や反抗の底の深い時間の層から
不安な喘ぎや暗いまなざしが流れてくる
圧倒的な人工の都市 時間の暗い波
生存の原形質的な時間まで浸食された
未明の人類史的な階級よ 影の時間よ
世界の谷間をどこへ行くのか

遠くなった風景や世界
降りていった不在の影の行方
避けられない朝のように 無限に震える青い世界
消失していったあとの異次元の時空には
遠い世界とにんげんたちの関係は 全て
純粋な変容を遂げ
青い時間となって
遠いにんげんの発生の影から現在まで
途方もない構造的集積の時間として発光する
青い時間の座標系へ降りた
遠い 遠おい
不在のわたしの果ての
無限青の孤立系に写像される
にんげんと世界の関係の純度よ
語られなかったこのクニの敗北の歴史とその深淵よ
それはわたしの生存の意味と形態を
或る普遍の相で明らかにするであろうか

風が類のない冷気を舞い上げる
青い時間の空洞を降りていく
わたしは無限青の探針となって
全ゆる時間の系での非破壊検査を徒労のように繰り返す
にんげんの惨苦に満ちた影の歴史
やこじんまりした哀歓の性の数々
それらを貫く寂しい時間のベクトルを遡行する
にんげんの類や個体を越え
ねじれた二相の沼地にはじまるにんげんの発光を越え
その果てへ 真空の溶媒を
無限の収束線に消失していった
にんげんの影の無限青
不可知の自同律の果てへの暗い死者
近代のニヒリズムを遠く越境して
いわば人類史的ニヒリズムの死者に終わる
無限の矛盾律の墓標に眠ることができなかった
わたしの影は戻ってきた
にんげんの匂いの無類の球面のほうへ
世界の初源の矛盾律の与件とともに
それを生きるほかない宿運のように

遠い世界の時間の韻が微かに影を揺する
影は無限青の孤立系の意味に揺れる
青い座標系の魂のかかわらない深いところで
なお冷たい覚醒の探針となって放つ信号に
引き寄せられてくる無数の走査線 いわば最後の関係
青い時間の空洞から収束してくるかぜとともに
やってくるにんげんの最後で最初の時間の貌
無数の影の愛憎や沈黙の底の暗渠を流れる
ちいさなにんげんたちの巨きな時間の形態よ
冷たい時間の空洞に
生命体を離脱したあとのにんげんの生存が刻みつけてきた
巨きな時間のスタイルに同調するわたしの青い探針
たとえば 夢の壊れたあと
柔らかな水の不安や老子の村落共同体の時間の痛みから
支配や忍従や惨劇の裏を
慢性疲労のこじんまりしたしたたかな時間が流れていく

無限青の世界に写像された
魂の地質学
の発生の現在
交叉するわたしの孤立系に現れた
影のにんげんたちの或る時空の構造よ
魅かれつづけた不安の一滴の果ての
にんげんの影の最後の中枢よ
世界の不可避な膨化とともに
ぎこちなく関係を包括していく
最後の自然の論理の惨苦に満ちた優しい性愛のベクトルは
ちいさな開かれた煩悩の痛みを負いながら 寂しげに
世界の影の谷間を歩いていく
影のにんげんたちの絶対相よ
にんげんの生存の意味を生きる 無意識の
影の呼吸 無音の拍
が微かに聴こえるではないか
影の世界とにんげんたちの苦の境界から
こぼれ落ちる 従順や反抗のはりついた不安の青白い火花は
寂しい開かれた最後の自然の論理の現在だ
遠い世界の未明の人類史的時間の階級よ
わたしの無限青の孤立系が同調する 死守する
最後の時間の貌だ
深く写像された時間の韻のかたち
覚醒は深く舞い降りていった
決定的な青の論理のほうへ

ひとつのことば
ひとつの沈黙
ひとつのちいさな時間
を守るために
どれだけの不毛な惨苦をなめなければならないか
苦の影から
苦い鈍色の影の頂へ
今日も習慣のように重たい服を着て
歩き出すにんげんたち
深い世界に呪縛された
苦と支配のアマルガムを
手慣れた音階のように歩みすぎて行く
鈍色のちいさな朝
ありふれた一日の揺動する街角
世界が圧倒してくる時間の岸辺のほうへ
わたしの影も還って行く
青い影を深く背に負って





 あとがき

 二冊目の詩集である。別に付け加えることは何もないような気がするが、なぜ詩集を出すのかという自問は残る。自分の中にこの世界で処理しきれないような影の部分があり、積もり積もってここまで来てしまった。その影の部分との対話、もしくはそこから発する信号のようなものであろうか。
 これらの詩は最後の一篇を除いて一九七八年に書かれた草稿をもとにしている。膨大な徒労の現実の底で生きることを味わいつつあった時には不可能に思えたことが、皮肉にも失業した現在になって、やっと一冊の詩集にまとめることになった。時代はわたしたちに依然として果てしない覚醒と膨大な手続きを強いてくる。不可視の現代の西行を自らの中に問い続けたいと思う。
 最後に、表紙の題字の作品をこころよく引受けてくれた矢野さんには、感謝のしようがない想いである。
          一九八〇年 四月二十四日


 著者略歴
1952年11月18日 長崎の諫早に生まれる





 自作に対する現在の読者のひとりとして


 やっとこの詩集をここに書き記し終えた。何度か止めようかという思いも湧き上がってきた。しかし、この作品も過去のわたしがせいいっぱいのところで織り成してきたものであり、不満もあれば愛着もある。また、現在のわたしへの連続性もある。そして、わたしの中の不明なものからする初期の表現に当たっている。

 作者はまた、自作に対してひとりの読者でもある。その製作の現場により親しく通じているという意味でより親切な読者といえる。たとえば、何気なく置かれた石のような言葉の選択、配置などでも、立ち止まってそれらの石のイメージや情感を深く感じ取ることができる。また、そのときの言葉の手の触手を感じ取ることもできる。あるいは、その言葉の繰り出し方はわかるけど、今ならそんな言葉の織り方はしないだろう、など言葉へ出立する、固有の流動する現場に通じていても自己批評をつぶやくこともある。

 しかし、より身近な読者であるからといって、この言葉の世界にひとたび投げ出された場合のそこでの作品の意味については、かえってより身近な読者ということが批評の眼を曇らせるということがあり得る。一般の読者と比べて自己の固有の場の無意識を含めた絶対性に引き寄せられ度合いが大きいからだ。したがって、あたうかぎりの醒めた眼差しで読みたどることが大切に思われる。

 この詩集は、吉本さんの『固有時との対話』に強く影響されて書かれている。詩はどのような書かれ様をしようと自由である。しかし、吉本さんの『固有時との対話』の深い自己の内省と自己批評が詩であり得るということ(現在から省みて言葉を与えるなら)への出会いは大きな驚きをもって当時のわたしには感じられていたと思う。あるとき高専の学生寮の窓からぼんやり木をみつめていて、ふと言葉が湧き上がってきた。以来、我流で詩らしきものをかきつけてきたが、わたしが深く影響を受けた詩人は、吉本さんひとりだけである。

 この世界に投げ出され、生をつないでいく中で、自らが生きていることや生きていくことやこの世界の成り立ちに、誰もがふと思い致すということはありそうに思える。度合いの違いはあっても、この世界に生まれ出でて、歩き出し、歩き続けるということは、人は、母胎の中と生まれ出た世界の中で自らが織り成してしまった生存の起源的な言葉の母胎からの照射を潜在的に絶えず受け続けているからだと言うほかない。その照射の背後には、自然界から人界に渡るこの世界での人の成り立ちと歩み来た分厚い層が控えている。

 固い内閉的な言葉を繰り出す、作者の無意識では、たぶんその言葉の母胎からの照射を受けていることに十分に自覚的であるとは言えない。なぜ「わたし」はこうでしかありえないのか、という自問の中で不明さに立ち尽くしているように見える。語の反復や語の固い連結は、そのことを証している。ただもっとも近い読者として言えば、こうでしかありえない「わたし」のあり様への内閉的な対話の持つ意味は、生きていく作者にとっては必然的であったということはできる。

 わたしは、吉本さんの追悼文は、詩を二つ書いたのでもうこれ以上書き記す気はないと思ってきた。しかし、吉本さんに深く影響を受けた、昔のわたしの詩を掲載した行為は、どこかで吉本さんへの追悼に当たるように思われた。
   (2012年6月22日)











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