詩集 みどりの


  目次

みどりの 1             みどりの 18
みどりの 2             みどりの 19
みどりの 3             みどりの 20
みどりの 4             みどりの 21
みどりの 5             みどりの 22
みどりの 6             みどりの 23
みどりの 7             みどりの 24
みどりの 8             みどりの 25
みどりの 9             みどりの 26
みどりの 10            みどりの 27
みどりの 11
            みどりの 28
みどりの 12            みどりの 29
みどりの 13            みどりの 30
みどりの 14            みどりの 31
みどりの 15            みどりの 32
みどりの 16
みどりの 17

 あとがき


P1


 みどりの 1


(風)

(heat)

(流れ)

(wave)


((不随意の動力のエロス))












P2


  みどりの 2


みぃ

庭にも植えた
きゅうりが
ついに
根付き 伸び出した

どぉ

ちいさな黄色の花
点々とつけ
巻きひげを伸ばし
ゆらゆら
ゆらゆら
風になびいているばかり
に見える
(が たぶん巻きつくところを探している)

りぃ



P3


ちいさなちいさなきゅうりの実を結び
日ごとに大きくなっている
(ものごとは たぶん
こちらに合わせて見えてくる
こちらに合わせて感じ取れる
しかし たぶん
知らないところで出合っていることもある)
人の生涯のように
日差しや大気や養分から
日々 織り上げ 織り成し
植物物語の内側に
日々 生動している



庭のきゅうりが大きくなってるよ
そお








P4


 みどりの 3


・・・・みぃ・・・・・・・
・・どぉ・・・・・・・・・
・・・・・りぃ・・・・・・
・・・・・・・・のぉ・・・


















P5


 みどりの 4


み 風が軽く吹いている
ど 夜遊びから帰りがおそいな今日は
り 猫は猫の日々があり・・・・・・
の ああ 戻ってきたか


















P6


 みどりの 5


ちいさい子が言う
それでなきゃいや
(みどりの)

ちいさい子が言う
あしたうみいった
(みどりの)

ちいさい子が言う
あのねあのねあのね
(みどりの)











P7


 みどりの 6


何周回っても(速くとも遅くとも)
言葉は発動しなくても(一位でもびりでも)
はあはあ固有の疲労曲線を呼吸している(みんなが)

(あれは ・・・・・・)
(あれは ・・・・・・)
(これは ・・・・・・)

あれは ・・・・・・
あれは あがうぬ
あれは あがやむ

あれは ・・・・・・
あれは 海
あれは 山

あれは ・・・・・・
あれは まんじゅう
あれは スイーツ

現在の流れに匂い立つ


P8



言葉は
古いも新しいも
枯れたり新芽を出したり
差異と同化の劇を反復している
知らぬ間に
自然に連結されていく
その結び目の
滴り ながれる
















P9


 みどりの 7


佐韋賀波用
久毛多知和多理
ミ 宇泥備夜麻 
許能波佐夜藝奴 
加是布加牟登須



宇泥備夜麻
比流波久毛登韋
由布佐禮婆 リ
加是布加牟登曾
許能波佐夜牙流




註.古事記歌謡20,21原文より引用





P10


 みどりの 8


(名づける)
(果てしなく流れ来た
なじんだ岸辺に赴くように
ひとつのちいさな
けれど連綿と伝わり来た
霞み立つ 深い意志)

山野みどり
海川緑
土屋さくら
川野沙織
山田祐介










P11


 みどりの 9


公園の
植え込みの
みぃ

公園の
植え込みの
木々の葉揺れに
みぃどぉ

公園の
植え込みの
木々の葉揺れに
ちろちろ
日差しきらめき
みぃどぉりぃ

公園の
植え込みの
木々の葉揺れに
ちろちろ
日差しきらめき


P12



染み渡る
流れ

みどりの




















P13


 みどりの 10


万緑の(み(泡立ちうねり) )
all green ( guu (bubbles bubbles ) )

緑流れ( み み み ( 流れる 光の粒の明滅 ) )
flow flow
float away ( guun ( flow flickering lights ) )

日差しは柔らかに(み み どお(ちいさなぬくもりの) )
sunlight
is shining softly ( guoon ( a little warmth ) )

ひとつの流れ 染み渡る(み ど り の)
a flow
sinks into our hearts ( green )








P14


 みどりの 11


み(海)
ど(波)
り(入り江)
の(陸)

み(いち)
ど(にい)
り(さん)
の(  )

み(いぃぃ)
ど(おぉぉおおぉぉぉ)
り(ぃぃいいぃぃいいいぃ)
の(  )








P15


 みどりの 12


(ゆっくりと降下していく
雲間を抜けて
時間の大気の層を遊泳するように
湿気を含んだ大気肌触れ
降下してゆく
通りからの流れと合流する)

みぃちゃん
いそがないと遅れるわ

みどり
今日は帰りが遅いなあ

みぃちゃん
ぼくにもそれ作ってよ

みどりは
よお気が利く子だねえ




P16


 みどりの 13



(いや ちがうなあ)


(それもちがうなあ)


(腹の底の方から 声が出ていない
頭上から 舞い降りてる靄みたいな)

みどりの
(くたびれたみどりの概念が接続されてる)










P17


 みどりの 14


みどりのただよう
みちを歩いている
透明なドームの
みちを下ってゆく

肌合いは
とりあえず
ひらがなに乗せるほかないが
ほんとうは
文字の曲率を超えて
どこまでも
流れ下り曲りゆく

しゅうしゅうしゅわ
しゅうしゅうしゅわ
一匹の魚になって
からだのなか 水流れ
湧き立つ音
耳に伝わり来る

しゅうしゅうしゅわ


P18


 みどりの 15


人界の内で
皇子と乞食はとりかえばや
が可能であっても
人界を突き抜ける
言葉は
原初と現在はとりかえがきかない
と或る時と同じく
ただ現在から
ただ現在を 突き抜けて

(文字文字するなあ
半ば以上は苦の文字)

漢字
ひらがな
カタカナ



今持てるものからしか
言葉は


P19



流れ出さない
匂わない

(記号の森できみは何をしているのか)

書き記すことだけが
言葉の生きること
あるいは
沈黙の内に流れるものが
言葉の生きること
くたびれたみどりの現在
深い普遍の流れに
手肌を漬ける












P20


 みどりの 16


ライターを灯した一瞬
に立ち返りゆく
微かに流れた時間の瞬き

肌を流れ下る風と大気と
秋は静かに流れ出し
匂い出す

ただの葉揺れが
幾多の物語の
寡黙な基底を流れ続ける

ああ その この あの
流れの内は定型以前の
匂うひかりの明滅するばかり







P21


 みどりの 17


(おまえは何をしているのか)

ことばが
言 葉
の谷間に
めまいするとき
複雑に織り成され来たこの世界の総量が
静かに揺らぐ
揺らいでいる

漢字で塗り固められた
言葉の壁が異邦の感じに見える
あらゆる定型は
忘れられた遠い接続部のひとつひとつへ
がらがらとはがれ落ちていく
もちろんわたしのことばも
したがって流れる
流れ出す

根太い芯をするする下ってゆく
追跡することばのようなものに


P22



言葉は
言( )葉
言( ( ) )葉
言( ( ( ) ) )葉
不明ばかりが積もってゆく
着地し 形成(かたちな)す
言葉の村なんてない
ただ異色(こといろ)の沈黙たちのうねり
流動している
その流動の

kwoto nu pha
が不明でも
ゆらゆら ゆらゆら
不明の底を流れるものはある
現在の言葉もまた
わかりすぎるということはない
不随意運動のように
言葉をつなぎ織るひとの本流から
屈折に屈折を重ねる時間の文体
幾多の定型の遥かな基層には
ゆらゆら ゆらゆら
くぐもり くぐまり



P23



苦しげに ひっそりと
幾筋も流れゆくものがある
果てしない
ひとの本流から
哀や喜の 言葉にならない
・・・・・・が匂い立っている
しっとり雨に濡れた
みどりの
















P24


 みどりの 18


この大気を 呼吸しながら
なにものかに促され
言葉をひたすら織っていく
より下った所から
漂い匂い出すものはある

わたしたちの時代は
乾いて屈折している
言葉は
からから からから
乾いた音を立てている
清涼飲料水になじんだのどは
生の水には
しっくりこない
流れ 潤うことには変わりはないが
遠い昔 塩あんから砂糖のあんに変わったように
気づくと
流れと感度の層が繰り上がってしまっている
あらゆるところで
嘆いてみてもはじまらない
とある時と同じように


P25



新たな潤いと嘆きが
大きな流れに慣れ馴染んでいく
どこへ行くのかはわからない
めまいのように遠い 初発の動機と
この 人の流動と

潮の変わり目には
いつも湧き上がり来るしなびた牧歌を超えて
慣れ 異和 慣れ 異慣 慣異 慣れ
ただ乾いた道を
黙々と歩いている
時には ペットボトルの飲料でのどを潤す

言葉を織る 言葉の手を
斜め上方から
見つめているものがある
言葉に織り込まれ
かすかに匂うか

抽出される抒情は
造花のみどりではないが
みどりのみどり
果てしなく遠いところから


P26



現在から
交差して
二重の視線の彼方にぼんやりと絞り出される
<みどりの>





















P27


 みどりの 19


ふだんは
さっと通り過ぎているけど
振り返りには いつも
ちいさな風景が滲んでくる

(…………)
あっ
……
ソレハ

(……)
おっ
……
コレハネ

(……………………)
おお
………………
ソウナノヨ

(……………)


P28



ああ
…………
ウンウン

(…)
ねえ
……
アア


この地で
織り上がった
みどりの布をまとい
知らぬ間に走行している
みどりの









P29


 みどりの 20


(うすぐらい膜をへだて)
(なが れ る なが れる ながれている)
(それは 何の匂いか)
(それは 何の色か)
(やわらかい つちのにおいする)
(薄あまい かぜのにおいする)
(生あたたかい みずのながれるひびきする)

るるる るる るるる
(どおく どおく どおく)
るるる るる るるる

るるる るる るるる
(どくどくどく どーん どくどくどく)
る るるる る る る

るらる るる るるら
(どおく どおく どおく)
るるる るら るるる

(それは 身もだえするエロスの 分離してゆく)


P30



(それは エロスの流動が見えるとは何か)
(それは 感じるとは何か その透き通りゆく透明度の)
(それは その止むにやまれぬ志向性の)






















P31


 みどりの 21


たとえば ある時 ある場に
微笑みが自然に湧き上がるように
なぜか
うっすらと
みどりの散布された
層成す
濃淡の道を
誰もが知らぬ間に通り過ぎている
終いには
残り香は消え失せ
現在にどっしりと腰を下ろす
日々くりかえしくりかえす
うちに変成するみどりになじんでゆく

気づいた時には
ひとり
しずかに覚めて
言葉のようなものから言葉に渡る靄の中
感じるよりも
腑分けするように歩いている
(それは


P32



何に促されている不幸せの旅?)

言葉の深みから眺められた
あれは自然界のもの
これは人界のもの
それは自然界と人界の相わたるもの
いずれも時間のねじれた水圧から
なぜか
道はみどりに匂っている

ギリシア哲学の方に触手を伸ばし還り湧いた
ドイツ観念論哲学は
自然界と人界が言葉の眼差しにおいて相わたるところ
切り取られた自然が人界に写像され
頭脳の増殖する生産=消費の
現在の情報工学や機能論は
古びた自然を離脱したと感じる人界の緻密化
今や
深い日差しに照らされて
自然界から人界に渡る
層成すみどりの
流れ出す 少し異貌の未知
がおぼろな姿を感受させている


P33




みどりの宿運は
大いなる自然のもと
かたちを変えても不変であり
誰もが深みで感じていることだけど
なぜか
みどりの列車に乗り込んでしまった者には
いくぶん苦いみどりの味から
言葉が湧き上がり
各界の交差し合う
イメージの層へ
駆動する

大いなる自然は
言葉を超絶し
流動している
それはまた人界の生み出した神をも
超絶し
黙々と流動している






P34


 みどりの 22


ふと見上げた
静かな夜空の星々に
吸い寄せられる
・・・・・・流れる
(みどりの)

家々に植え込まれた樹木に
まなざし葉揺れし
・・・・・・かすかに流れる
(みどりの)

人のあわいから
流れ込んでくる
言葉のかけらが
めまいのように深いところに落ちる
星々や樹木が揺れ
・・・・・・かすかに流れる
(みどりの)

くりかえしくりかえす
日々の


P35



深い韻のように
うっすら煙っている
・・・・・・流れる
みどりの

やわらかな日差しを浴びて
日々のいろんな層に
それぞれの層のかたち成し 混濁し
・・・・・・流れる
みどりは














P36


 みどりの 23


とってもちいさい子どもの
にっこりは
よたよたしながらも
あと振り返ることなく
真っ直ぐやってくる
(みぃ)

歳を重ねすぎてしまったら
あと振り返ったり
周りを見回したりして
くねくねすることが多いけど
どこか
知らないところで
真っ直ぐ
よたよた走っている
(みぃ)

ときには
この世界の片隅で
世界の破壊の願望に沈むこともある
それは とおい


P37



故知らぬ破滅の懸崖からの
反復であるか
(みぃ)

織り成された
みどりは
何層も絡み合って
ひとつに見えてしまうから
とおい過去と
とおい未来と
ただ
深みのイメージとして
深く呼吸する
(みぃ)










P38


 みどりの 24


なんにもない一日といっても
流れているものはある

こころ躍るものがなくても
みどり匂うことがある

暗い表情に沈んでいても
どこか あかるいひかりの粒々が点滅している

ひとみな等しく 知らないところで
みどりの海に漬かっていて
めまぐるしく行き来する 一日一日
瞬く 一瞬一瞬
家族や地域の大気や風波に
ひっそりと織り成して
いろんな色を 色合いを
放っている
放ち続けている

言葉も
しおれた草葉のように


P39



色あせることがある
けれど
しおれた草葉を
ゆびで強く押してみると
それでもみどりが抽出され
匂い立つ
枯れ死しないかぎりは

なぜか 言葉は
普遍の衣装をまとって
それらをいろんな地層から
抽出しようとする

なぜか 抽出しようとする言葉もまた
みどりに匂っている
寄せ来る大気の
うんざりすることばかりが降り積もっても
それは
生き続けるものの
きぼう
と呼ぶべきかどうか




P40


 みどりの 25


ひとり
時間の深み
遥か 遠くから
次々と写像され 重像し
ある形成し
壊れ
また ある形成す
からだの奥底に
底流し
時に 噴き上がり
潮引くように下ってゆく
六十余年も馴染んでいても
未知の一歩は
いつも戸惑う

人のあわいでも
新しいものを使いはじめる時のように
生まれたての枝葉の
樹液湧き流れ出し
ひとつの言葉を結び
少しずつ 少しずつ


P41



あたりまえの光景となり
時の日差しの中
少しずつ形を変えていく
場違いな言葉のように
忘れられるものは忘れられ
埋もれるものは埋もれゆく
けれど 時に 噴き上がる
不変のみどりは
それらを貫いて
しずかに流れている

ひとりの
苦い時間の重量と
背に浸透する時間の匂いと
打ちあがる岸辺のまぼろしに
細くたなびいている
知らぬ間に発動している みどりの







P42


 みどりの 26


外に出ると
つめたい風が肌触れる
身がかたく縮んでいる
流れは ある

季節は
めぐって
つかの間の
心地よい 春や 秋や
からだに刻まれているから
冬の 冷たい 大気の中でも
どこか
思い起こす
流れがある

もしも
この世界の大気が
どんなに華やいだ衣装で立ち現われても
芯に つめたく とんがり続けるなら
流れ出す言葉たちは
言葉の身をこごめ


P43



まるで死の季節のように
全ての季節をかたく閉ざしていくだろう
内を流れる
身をよじるみどりの韻は
無数の殺意を押しとどめながら
日々の
ちいさな彩りの
飛び石を渡ってゆく
いち にー さん いち にー さん
















P44


 みどりの 27



ああ

うん
うんうん

おお
おおお

あ ああ あああ

感嘆詞ばかりでなく
すべての言葉たちが
流れ下り
上ってくる
それから
ひとりのまぼろしの画布に載るか
大気の少し淀んだ場所に放たれるか
文字に定着される

その流れの


P45



発動する
みちは
時折
人界の重層を巡り巡って打ち上がって行く
少しばかり大げさな言葉たちとは違って
ひっそり閑と
流れ続ける

したがって
言葉と
沈黙の
深い谷間には
幾重もの大気の層に浸食されながら
湧き上がり
舞い落ちていく
あるいは
中腹まで上り詰めては
帰っていく
ひとり ひとり
生暖かい
独特の年輪が刻まれた手肌の
血流が
深い時間に促されて


P46



波打っている

言葉の後には
互いに
波紋は波紋を呼び起こし
人知れず
交換される

















P47


 みどりの 28


木々や生き物みたいに
たとえじゃまなものが遮っても
振り返ることなく
じぶんの場所を踏みしめて
日差しを浴びているということがある

振り返れば
日差しが
差していても
差していなくても
肌合いに
気配がある

いくつもの層からやってくる
見えないものが
肌合いの
流れに触れ
慣れ親しんだ場所が静かに浮上したり
親和や異和感が湧き上がる
時には 波頭からふいと深く振り向くこともある
湧き上がる


P48



というのは不明であっても
生あるものの避けられない自然だ

ひとの言葉は
動物に向かうと
自然に
動物の言葉に染まる

ひとの言葉は
植物に向かうと
自然に
植物の言葉に染まる

ひとの言葉は
動物たちや
植物たちの
言葉のようなもの
の内側から突き上り
みどりに
流れ 触れ 味わい
ながらみどりの本体を求めて
ぐるぐる迷走する
けれど


P49



生あるもののすべての中で
知らない間に起動している
みどりの本体は

黙する自然の深みでは
生あるものは子どものように
受動性を生きるもの
<本願他力>というほかない
言葉の自然を超えることは
かなわない
それでも 時折
この人界の微小点から
誰もが ひとり
深い内省に沈むように
重層する世界にこだまする
みどりの
起源の方へ
しっとりと像の触手を伸ばしている







P50


 みどりの 29


テレビがコマーシャルを流している
家並に隠れた道路を車が走っていく
木々が風に揺れている
日々くりかえされる
なにげない風景の内側にも
にぎわいが反転して
ひっそりと流れているものがある

振り返る者には
きまって季節は秋
枯葉が降り積もる
数えきれないほどの後悔と
いくつかのいい感じの光景と
樹木は
振り落すように
身震いするが
寄せる風波の大気の中
刻み込まれた
固有の感じや振る舞いが
消えてしまうことはない
ただ


P51



いくぶんは枯れ落としながら
新たな芽や葉
変貌してゆく木肌の色合いから
固有の流動に沿って
みどり紡ぎゆく

揺らいでいる 秋
昨日のことはもういいさ
明日のことも
十年先のことも
いま ここに
過去も 未来も
静かに底流し反復している

こんなところまで来てしまった
のは言葉の必然かもしれない
旧来的なものは
乾いた抒情の中に
ひっそりと仕舞い込まれている
樹木の手は
この大気と日差しを受けて
いま ここの
無類のうたやだんすの


P52



おさらいをする
上手いかどうか
はどうでもいい
ただ
この日差し浴びて
固有の曲線から
少しでも
のびやかにみどり流れ出すなら
















P53


 みどりの 30


木々が葉揺れし
雲がゆっくり流れる
視線に湧き立つ言葉も
静かに下ってゆき
こちらの流れに沈みこんでしまって
ゆったりと背伸びする

木々の葉と
ねこと
仕事の段取りなどに
またがって
流れを行き来する
いま ここに
言葉のからだが生きて在る以上
流れが滞留し息づく場所がある

微小点からも世界は見渡せる
浮上した場所からは
とてもちいさく見えることが
くりかえしくりかえされ
くりかえされくりかえしている


P54



ひかり点滅し
幾層もの言葉が湧き上がっている
それでいい
それがいい
すべてにわたって
ひかり点滅するが
流れに漬かった
等身大の
初源の日溜りみたいな
おそれも
かかわりあいも
はじらいも
しずけさも
静かにかみしめる言葉だけが
なじんだ椅子にしっくりくる









P55


 みどりの 31


ひと昔前の人々が通り過ぎた
峠を越える
息づかいは微妙に違う
眺めるみどりのつやもちがう
飲む水もちがう

ひと昔前の言葉が通り過ぎた
言葉の峠を越える
言葉の息づかいの 吸い込み放つ波紋が違う
言葉の衣装もちがう

峠から
見渡す光景は
現在が映らないように
慎重に撮られた時代劇とは違って
あらゆるものを内に含んで
きのうと同じように静かに流れ続ける

峠から見渡せば
自然なことになってしまったことと


P56



時代劇との間に
たくさんのとまどいの息づかいがある

後ろを振り返らなくても
みどりに煙る
朝靄には
深い時間の頂に
寄せては返す
新しい装いの無数の層なす
峠を越える言葉が
ひっそりと滲んでいる

ひとは
くりかえしくりかえし
峠を越える
少しあたらしいみどりが
生動する
朝靄の中
ひとりひとり ぶつぶつつぶやきながら
脱皮に戸惑う虫の言葉のよう




P57


 みどりの 32


(みぃ)
と言葉にかたち成した時は
肌合いは
すでにみどり流れている
したがって
言葉が上り下りしなくても
ひとはみな
無数の(みぃ)と呼ぶほかないものが
絶えること無い泡のように明滅している

(みぃ)
言葉の触手が身震いする時は
底から
突き上げるような
つよいみどりのうねり流れている
言葉は
上っては下り
下っては上り
十重二十重(とえはたえ)に言葉の衣装をくぐり
ひとり お気に入りの衣装を着込んで
生動するみどりの像へかたち成そうとする


P58



産み落とされた後は
うまくかたち成せなかったほてりが
しずかに還流していく
みどりの流れに
ひっそり波紋を立て混じりゆく

(みぃ)

















P59



 あとがき


 この一連の詩を書いた動機の半ば以上は、たぶん現在の大気を呼吸するわたしの固有の頂へ湧き上がり、流れ下るものからきている。そして、半ば近くは吉本さんの次のような言葉に出会ったことから来ている。わたしの動機を駆動させるものだったと言える。


 記憶にまちがいなければ、ゲーテはエッカーマンとの対話で、自分の最もいい仕事は色彩論だと言っている。けれどニュートンの科学的色彩論にくらべて惨敗だと、わたしは若い工科の学生のころ考えて疑がわなかった。これが『若きウェルテルの悩み』や『ヴィルヘルムマイスター』にくらべて、どこがいいのだろうと思ったのだ。
 だが、現在なら少し解るような気がする。
 ゲーテは、なぜ天然(宇宙)の自然は若草を緑にし(定め)、秋の紅葉を茶紅色にし(定め)たのかを極めようとしたのだ。若草には葉緑素が多いし、紅葉は代謝が少なくなっているから、緑は消えてゆくというのも、眼が吸収するものと反射するものの違いだというのも、若草の緑は人間感性に上向感を与えるからだという心理的説明も、ゲーテにとっては解答になっていると思えなかったのだと思う。


P60



 京都の秋の紅葉は、寺院の庭などで風もないのに寂かに落ちていたりする紅褐色がいい。東北の紅葉は、多様な山の樹木が緑から真っ赤まで色相のすべてを鮮やかに混ぜているのがいい。地域の気候差、樹木の種や科の差、「自然は水際立っている」と感じる(認知する)。その生態の謎がゲーテの認知したいところだったのではなかろうか。それはまた、宮沢賢治の迷いと信仰のあいだの謎でもあった。
        (『老いの超え方』「あとがき」2006年)


 ひとは自身の言葉においても、あるいは、他人の言葉においても、ある流れに入り、内在的なある場が肌合いで感じられるようにならないとある像(イメージ)が生き生きと生動し始めることはない。もちろん、そこには誤解ということもありうる。最初、この言葉に出会って語られている内在的な流れに触れることはできず、よくわからないままにしていた。あるとき、ふとゲーテについて触れた吉本さんの言葉があったことを思い起こした。吉本さんに関しては、こういう体験はしばしばあることである。
 現在は、ゲーテの時代よりもいっそう科学は高度に深化し、その考え方や感じ方はわたしたちの日常世界にも深く浸透している。また、そこから流れ下る科学技術がわたしたちの日々の生活に大きな恩恵をもたらしていることは確かなことである。しかし、


P61



その分析と連結と総合の手つきから流れ来るものが、機能や効率や速度をまとってわたしたちの前に立ち現れるとき、それがわたしたちの日々の生存の感じ方や感覚に十全にかなっているとは思えない。わたしの誤読であるかどうかは別にして、そういう疑念がこれらの詩の世界の動機の大きな動因となっていることは確かである。
 誰もが日々密やかに感じていることは、現在までに有り合わせのものにかたち結ぶほかないとしても、幾層もの世界との関わり合いがひとつに溶け合って現象するように見える。わたしたちは、手肌から頭脳にいたる日々の反復のなか、この人界に重心を持ち、日々、こまごまとしたものごとに明け暮れているばかりのように見えるが、人界の歴史をも反復し、同時に果てしない生命(いのち)の起源からの巨きな反復もまた知らぬ間になしている。
 ひとの世界の遠い果てから現在に至る宗教や科学のいずれにも着地することなく、両者を包み込むような言葉の場所は現在において可能かという大それたモチーフに突き動かされている。
 この詩集はそのレッスンに当たっている。

             2013年 3月12日


 詩集 『みどりの』発行 2013年3月12日


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